「続けること」って、努力みたいに見えるときがある。

べつに胸を張るほどのことじゃなくて、
ただ毎日、ちょこんと手を動かしているだけなのに、
まわりからは「がんばってるね」と言われたりする。
そんなつもりじゃないんだけどなぁ、と思いながら、
まあ、否定するほどでもないか、と受け取っている。
■ ぼくの場合は、「生活導線の観察」というやつで。
家の中の影とか、光の入り方とか、
どうでもよさそうなことを毎日ちょっとずつ書いている。
これがまた、やってみるとおもしろい。
まねる、というより、なぞる感じに近い。
生活の“手本”みたいなものが、
じぶんの目の前にすっと現れる瞬間がある。
■ 夜の廊下の暗さを描こうとすると。
その暗さをつくっている「気配」みたいなものが、
じぶんのほうに寄ってくる。
それは、ちいかわ臨書の人が言う
「大胆で、細心で」というのと同じで、
生活のほうが、こちらに教えてくれるのだ。
まねることは、まなぶこと。
これはほんとうにそうだと思う。
■ そして、気づいたら。
生活そのものに、敬意みたいなものが生まれている。
うまくいかない日もあるけれど、
それもまた、生活の“手本”のひとつなんだろう。
そっと置く、小さな灯り。
まぶしすぎない光は、心まで静かにしてくれます。
廊下や寝室の影がやわらぐと、夜の導線がすっと軽くなります。
→ 足元灯(二色切替・コンセント式)
→ センサーライト(やわらかい光タイプ)
夜の導線について、 もう少し深く書いたnoteがあります。
気が向いたときに、読んでみてください。
▶ noteを見る
今日も来てくれて、ありがとう。
こうして読んでくれる人の存在が、
ぼくの「臨書」を続けさせてくれているのかもしれない。